会社の倒産や経営難により、突然給料や退職金の支払いが止まってしまった。そんな状況に直面している方は決して少なくありません。
しかし、「会社にお金がないから諦めるしかない」と思う必要はありません。法的な保護制度や救済措置が複数用意されており、適切な対処により未払い賃金を回収できる可能性があります。
この記事では、労働問題の専門家として多くの未払い賃金事件を手がけてきた経験をもとに、給料や退職金の未払いに対する具体的な対処法と回収方法について詳しく解説します。
未払い賃金の法的権利と時効
労働者の基本的権利
労働基準法により、使用者は労働者に対して以下の支払い義務を負っています:
賃金支払いの五原則
- 通貨払いの原則:原則として日本円での現金支払い
- 直接払いの原則:労働者本人への直接支払い
- 全額払いの原則:法定控除を除き全額支払い
- 毎月1回以上払いの原則:月1回以上の定期払い
- 一定期日払いの原則:毎月一定の期日での支払い
未払い賃金の種類
- 基本給:契約で定められた基本賃金
- 諸手当:残業代、深夜手当、休日手当等
- 賞与:労働契約や就業規則で支給が定められている場合
- 退職金:退職金規程がある場合の支給額
- 有給休暇買取額:未消化有給の買取が規定されている場合
時効期間の重要性
未払い賃金には時効があるため、早期の対応が重要です。
改正後の時効期間(2020年4月以降)
- 一般賃金:3年間(当面は2年間の経過措置あり)
- 退職金:5年間
- 付加金:2年間(労働基準監督署への申告から)
実務上のポイント
- 時効は賃金支払日の翌日から起算
- 催告により6ヶ月間時効停止(その後は裁判上の請求が必要)
- 会社の承認があれば時効中断
- 労働審判や訴訟提起により時効中断
遅延損害金の発生
未払い賃金には年14.6%の遅延損害金が発生します。
計算方法 未払い金額 × 14.6% × 遅延日数 ÷ 365日
具体例 月給30万円が3ヶ月未払いの場合: 90万円 × 14.6% × 90日 ÷ 365日 = 32,383円
段階的アプローチによる解決戦略
第1段階:会社との直接交渉(1〜2週間)
事前準備
- 労働条件通知書、雇用契約書の確認
- 給与明細、出勤簿等の証拠収集
- 未払い額の正確な計算
- 会社の資産状況の把握
交渉のポイント
- 書面による未払い賃金請求書の提出
- 支払い期限の設定(通常1〜2週間)
- 遅延損害金についての説明
- 録音・記録の保存
請求書の記載事項
- 未払い期間と具体的金額
- 法的根拠(労働基準法第24条等)
- 支払い期限
- 遅延損害金の発生
- 法的措置の予告
第2段階:労働基準監督署への申告(2〜4週間)
申告の効果
- 行政指導による解決促進
- 会社への心理的プレッシャー
- 悪質な場合は刑事告発の可能性
- 無料で利用可能
申告に必要な書類
- 申告書(監督署で作成可能)
- 雇用契約書、労働条件通知書
- 給与明細、出勤簿のコピー
- 未払い賃金の計算書
- 会社との交渉記録
申告後の流れ
- 監督官による会社への臨検(立入検査)
- 帳簿書類の確認
- 是正勧告書の交付
- 会社からの報告書提出
- 改善されない場合は再度指導
注意点
- 監督署は行政指導のみで強制力はない
- 会社に支払い能力がない場合は効果限定的
- 退職金は監督署の対象外となる場合がある
第3段階:労働審判手続き(3〜6ヶ月)
労働審判は、迅速かつ適正な解決を図る手続きです。
労働審判のメリット
- 原則3回以内の期日で解決
- 調停による早期解決可能
- 審判に強制力あり
- 弁護士費用が訴訟より安価
手続きの流れ
- 申立て:地方裁判所に申立書提出
- 第1回期日:争点整理と調停の試み
- 第2〜3回期日:証拠調べと最終調整
- 審判または調停成立:解決
必要な費用
- 申立て手数料:未払い額に応じて数千円〜数万円
- 予納郵券:3,000円程度
- 弁護士費用:30〜50万円程度
審判での解決例
- 未払い賃金の全額または一部支払い
- 分割払いでの解決
- 退職金の減額支払い
- 解決金による一時解決
第4段階:民事訴訟(6ヶ月〜2年)
労働審判で解決しない場合や、より高額な請求の場合に選択します。
訴訟のメリット
- 法的権利の完全な実現
- 確定判決による強制執行可能
- 付加金請求の可能性
- 慰謝料請求の可能性
付加金制度 労働基準法第114条により、以下の場合に未払い額と同額の付加金を請求できます:
- 解雇予告手当の未払い
- 休業手当の未払い
- 残業代の未払い
- 年次有給休暇中の賃金未払い
訴訟費用
- 印紙代:未払い額に応じて数万円〜十数万円
- 予納郵券:6,000円程度
- 弁護士費用:50〜100万円程度
未払い賃金立替払制度の活用
制度の概要
会社が倒産した場合に、国が未払い賃金の一部を立替払いする制度です。
対象となる倒産
- 法律上の倒産:破産、特別清算、民事再生、会社更生
- 事実上の倒産:中小企業のみ、労働基準監督署長の認定が必要
対象労働者
- 倒産について裁判所への申立て等が行われた日の6ヶ月前から2年間に退職した労働者
- 企業規模:従業員数1名以上(個人事業主含む)
立替払いの範囲と限度額
対象となる未払い賃金
- 定期賃金:退職日前6ヶ月間の未払い分
- 退職手当:退職前6ヶ月間に支払期日が到来した分
年齢別立替払い限度額
年齢 | 未払い賃金総額上限 | 立替払い限度額 |
---|---|---|
45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
30歳以上45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
立替払い率:未払い賃金額の80%
申請手続きと必要書類
申請窓口
- 労働者健康安全機構(旧労働者健康福祉機構)
- 全国の労災病院等に設置された相談窓口
必要書類
- 立替払い請求書
- 未払い賃金額等確認書類
- 破産管財人等の証明書(法律上の倒産)
- 労働基準監督署長の認定書(事実上の倒産)
- 離職票または退職証明書
- 労働者であったことを示す書類
申請期限
- 法律上の倒産:破産手続開始決定等から2年以内
- 事実上の倒産:労働基準監督署長の認定から2年以内
会社の財産調査と強制執行
財産調査の重要性
未払い賃金の回収には、会社の財産状況の把握が不可欠です。
調査すべき財産
- 不動産:本店、工場、店舗等の所有状況
- 預金:取引銀行口座の残高
- 売掛金:取引先に対する債権
- 在庫:商品、製品、原材料等
- 機械設備:製造設備、車両等
調査方法
- 登記簿謄本の取得(不動産・法人)
- 信用調査会社の活用
- 取引先への聞き取り調査
- インターネット検索
- 弁護士会照会制度の利用
債権者代位権の活用
会社が第三者に対して有する債権を労働者が直接請求する方法です。
適用要件
- 会社に対する確定した債権がある
- 会社が無資力または無資力に近い状態
- 会社が第三者に対して金銭債権を有している
- 会社が債権回収を怠っている
実務での活用例
- 取引先に対する売掛金債権
- 保険会社に対する保険金請求権
- 賃貸物件の敷金返還請求権
- 他社からの貸付金返還請求権
強制執行手続き
確定判決等を得た後の財産回収手続きです。
不動産執行
- 競売による換価
- 配当手続きによる回収
- 抵当権等との優劣関係
動産執行
- 執行官による差押え
- 公売による換価
- 生活必需品は差押え禁止
債権執行
- 預金口座の差押え
- 売掛金の差押え
- 給与債権の差押え(会社役員等)
特殊なケースへの対処法
外国人労働者の場合
特有の問題
- 言語の障壁による情報不足
- 在留資格への影響の不安
- 本国への送金の必要性
- 法的知識の不足
対処方法
- 多言語対応の相談窓口活用
- 外国人労働者支援団体への相談
- 通訳を伴った労働基準監督署申告
- ビザ更新への影響確認
活用できる機関
- 外国人労働者向け相談ダイヤル
- 法テラスの多言語サービス
- 各国領事館・大使館
- NPO法人等の支援団体
フリーランス・業務委託の場合
法的地位の判断 労働者性の有無により対応が大きく異なります。
労働者性判断基準
- 指揮監督の有無
- 報酬の労務対価性
- 事業組織への組み込み
- 契約内容の一方的決定
- 時間的・場所的拘束性
労働者と認められた場合
- 労働基準法の適用
- 労働基準監督署への申告可能
- 立替払制度の利用可能
- 労働審判の利用可能
労働者と認められない場合
- 民法上の契約関係
- 民事訴訟での解決
- 下請代金支払遅延等防止法の適用(一定の場合)
- 独占禁止法違反の可能性
経営者・役員の場合
労働者性の問題 取締役等の役員は原則として労働者ではありませんが、実態により判断されます。
労働者性あり(兼務役員)
- 代表権を持たない取締役
- 部長等の職務を兼務
- 他の従業員と同様の労働実態
- 解雇等の可能性がある
労働者性なし(業務執行役員)
- 代表取締役・業務執行取締役
- 経営の実質的な決定権がある
- 委任契約関係
- 民事訴訟での解決が必要
会社分割・事業譲渡の場合
労働契約の承継
- 会社分割:労働契約承継法の適用
- 事業譲渡:個別の合意が原則
- 未払い賃金の承継責任
- 労働者保護の特別措置
対処方法
- 承継会社への請求
- 分割会社への請求継続
- 連帯責任の追及
- 分割無効の主張
予防策と早期対応の重要性
危険信号の見極め
経営状況の悪化サイン
- 給与支払日の度重なる遅延
- 社会保険料の滞納
- 取引先からの督促状
- 従業員の大量退職
- 経営陣の頻繁な交代
対処法
- 証拠の保全(給与明細、契約書等)
- 同僚との情報共有・連携
- 労働組合の結成検討
- 早期の専門家相談
- 転職活動の準備開始
証拠保全の重要性
収集すべき証拠
- 雇用契約書・労働条件通知書
- 給与明細書(全期間分)
- 出勤簿・タイムカード
- 就業規則・賃金規程
- 業務指示書・メール
- 銀行口座の記録
保全方法
- 原本のコピー作成
- 電子データのバックアップ
- 写真撮影による記録
- クラウドストレージでの保管
- 信頼できる第三者への預託
労働組合の活用
個人加盟労働組合
- 一人からでも加入可能
- 団体交渉権の行使
- 争議行為の実施可能
- 専門家のサポート
ユニオンの種類
- 地域ユニオン
- 産業別組合
- コミュニティユニオン
- インターネット系ユニオン
活動内容
- 団体交渉の実施
- 労働争議の支援
- 法的手続きのサポート
- 情報提供・相談対応
専門家との連携
弁護士選択のポイント
専門性の確認
- 労働事件の取扱い実績
- 未払い賃金事件の経験
- 倒産事件への対応力
- 強制執行の経験
費用体系
- 着手金:20〜50万円程度
- 成功報酬:回収額の15〜25%
- 実費:印紙代、予納金等
- 法テラス利用の可否
相談のポイント
- 事案の概要説明
- 証拠資料の提示
- 回収可能性の判断
- 費用対効果の検討
司法書士の活用
業務範囲
- 140万円以下の簡裁事件
- 労働審判代理
- 法的書類作成
- 相談業務
費用面でのメリット
- 弁護士より安価
- 成功報酬制の採用
- 法テラス利用可能
- 地域密着型の対応
社会保険労務士の役割
専門分野
- 労働法令の解釈
- 社会保険手続き
- 労働基準監督署対応
- 就業規則の確認
活用場面
- 労働条件の法的判断
- 未払い賃金の計算
- 行政機関への対応
- 予防的な相談
まとめ:諦めずに権利を守る
給料や退職金の未払いは、労働者にとって生活の基盤を脅かす深刻な問題です。しかし、法的な保護制度は充実しており、適切な対処により解決できる可能性は十分にあります。
成功のポイント
- 早期対応:時効による権利消滅を防ぐ
- 証拠保全:確実な証拠収集と保管
- 段階的アプローチ:交渉から法的手続きまで適切な選択
- 専門家活用:弁護士・司法書士等との連携
- 制度活用:立替払制度等の公的制度の利用
最も重要なのは諦めないことです。
会社に支払い能力がないように見えても、隠れた財産があったり、立替払制度が利用できたり、経営者の個人財産から回収できる場合があります。
一人で抱え込まず、労働基準監督署や専門家に相談することから始めましょう。あなたの正当な権利を守るために、利用できる制度や手続きは数多く用意されています。
未払い賃金の問題に直面している方は、この記事を参考に、ご自身の状況に最適な解決方法を見つけて、一日も早い問題解決を目指してください。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。具体的な状況については、必ず専門家にご相談ください。
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