猛暑が追い風に　製氷市場拡大と氷文化の進化

「氷が売れている」。このシンプルな事実の裏には、近年の猛暑や社会の変化が複雑に絡み合った物語があります。私たちの生活に欠かせない“冷たさ”を提供する氷の市場が、いま大きな拡大期を迎えているのです。

夏のコンビニで買う袋詰めのかちわり氷、自宅で楽しむハイボールに浮かぶアイスボール、夏祭りで食べるふわふわのかき氷。その一つひとつが需要を押し上げ、2024年度の製氷市場は691億円に達しました。コロナ禍で落ち込んだ需要を乗り越え、氷は再び脚光を浴びているのです。

この記事では、製氷市場の動向を「物語」と「データ」の両面から解き明かします。歴史的な背景から現代的な需要の変化、そして未来の展望までを整理し、読了後には氷という日常的な存在が、いかに社会や経済の縮図であるかを理解できるはずです。

2024年度の猛暑がもたらした氷需要の拡大

2024年、日本各地で続いた記録的猛暑は、製氷市場にとって追い風となりました。家庭では冷たい飲み物を楽しむため、飲食業界ではかき氷や冷たいドリンクを提供するために氷の需要が急増。市場規模は前年度比2.9％増の691億円となり、コロナ禍以降4年連続の拡大を記録しました。

年度	市場規模（億円）	前年対比
2020年度	589	▼急減
2021年度	615	+4.4%
2022年度	648	+5.3%
2023年度	672	+3.7%
2024年度	691	+2.9%

特に注目すべきは、家庭用氷の需要が堅調に伸びていることです。袋詰め氷やアイスボールは、コロナ禍で広まった「家飲み文化」の定着により、単なる消耗品ではなく“こだわり商品”として選ばれるようになりました。

すべてはコロナ禍から始まった需要変動

2020年度、コロナ禍による外食産業の停滞は氷の需要を直撃しました。市場規模は589億円と大きく落ち込みましたが、この経験が氷業界に新しい方向性を示しました。家庭用の袋詰め氷や、家庭で本格的なドリンクを楽しむための「アイスボール」など、高付加価値商品の需要が生まれたのです。

また、観光やイベントの制限解除によって業務用需要も回復し、氷の市場は「家庭用」と「業務用」の両輪で再び成長を遂げています。

数字が示す製氷業界の課題と成長

売上は増加傾向にある一方で、コスト上昇により利益率は低下しています。特に電力料金や人件費、包装資材、冷凍輸送費の上昇が響き、全体の約4割の企業が減益となりました。

この「増収減益」という状況は、業界全体の構造改革を迫るサインともいえるでしょう。

なぜ氷だけが猛暑で突出した需要を得るのか？

猛暑の影響は飲料や冷房機器など多方面に及びますが、氷が特に需要を伸ばすのは「感覚的な満足感」が大きいからです。冷たい飲み物に浮かぶ氷は、見た目の清涼感と味覚的な満足を同時に与えます。心理的な効果が需要を押し上げているのです。

さらに、SNS時代には「高級かき氷」や「フォトジェニックなカクテル氷」が拡散されることで、新しい氷文化が形成されています。氷は単なる消耗品から“体験価値を持つ商品”へと進化しているのです。

SNS拡散が生んだ新たな氷需要

InstagramやTikTokでは、カラフルなシロップをかけた高級かき氷や透明度の高い氷がバズる現象が相次ぎました。これにより「氷を見せる文化」が広まり、需要はさらに多様化しています。飲食店はSNS映えを狙った氷メニューを開発し、製氷業者も小ロットの特殊氷を供給するなど対応が進んでいます。

業界と組織はどう動いたのか

製氷業界は、冬季に工場を稼働させ夏季出荷分を備蓄するなど、需要変動への対策を強化しています。また、自治体や観光業界と連携し、夏祭りや観光イベント向けの安定供給体制を整えました。これは単なる供給確保ではなく、地域経済と連動した戦略ともいえます。

まとめと展望

氷は単なる「冷却材」ではなく、社会の変化を映し出す鏡となっています。猛暑、観光復活、SNS文化といった要因が絡み合い、製氷市場は拡大を続けています。一方で、コスト高騰や設備投資などの課題は依然として重くのしかかっています。

しかし、高級かき氷や透明氷など新しい氷文化の広がりは、業界に新たなチャンスをもたらしています。氷が生む「涼」の価値は、これからも私たちの生活に欠かせないものとなるでしょう。