観光需要が急増する中で、老舗店がなぜ閉店に追い込まれたのか。不思議に思った方も多いでしょう。
本記事では、広島県廿日市市宮島口の老舗もみじまんじゅう店「おきな堂」が閉店に至った背景を深掘りし、観光地の新たな課題にも迫ります。
なぜ観光客が増えても老舗が守れないのか。その現実に触れていきます。
おきな堂とはどんな店だったのか

宮島口に根付いた60年の歴史
おきな堂は、宮島口に本店を構える老舗のもみじまんじゅう専門店です。
1965年ごろに創業し、地域密着型の営業スタイルを貫いてきました。地元住民のみならず、修学旅行生や観光客にも親しまれ、特に「皮の薄さ」と「あんこの上品な甘さ」が特徴として知られています。
一時は繁忙期に行列ができるほどの人気を誇り、リピーターも多く抱えていました。大量生産には頼らず、一つ一つ手作業で作るスタイルを守り続けた結果、保存料を使わない製法が評価されていました。
しかし、この「品質重視」が皮肉にも、現代の変化する環境への対応を難しくしてしまった側面もあります。
閉店の主な理由とは

気候変動による品質維持の限界
近年、日本各地で気温の異常な上昇が続いています。宮島地域でも例外ではなく、一年の三分の一が真夏日という環境が常態化しました。
こうした気候の変化により、保存料を使わないおきな堂の商品は、消費期限が極端に短くなりました。
高温多湿の中で安全に商品を提供するためには、品質管理体制を根本から見直す必要がありましたが、設備投資や人材確保の面で現実的な対応が難しかったといいます。
この点については、公式発表でも「安全安心なお菓子を提供し続けることが困難になった」と明言されています。
原材料費の高騰と調達難
もみじまんじゅうの主な原材料である小麦粉、小豆、砂糖などは、近年世界的に価格が高騰しています。
加えて、伝統的な製法にこだわるために使用してきた特定の原料が製造中止になったり、輸入困難になったりするケースも相次ぎました。
おきな堂は、代替品への切り替えを安易に行わず、品質を守ることを最優先にしてきました。
しかし、この姿勢が裏目に出る形で、安定した原料調達が困難になり、製造コストが急激に膨らんでいきました。
価格転嫁の難しさと経営圧迫
原材料費や光熱費、人件費の高騰に直面しながらも、おきな堂は商品価格を大幅には引き上げませんでした。
観光地であるがゆえに、価格競争も激しく、急激な値上げをすれば顧客離れを招くリスクがありました。
また、円安の影響でインバウンド観光客が増えたとはいえ、訪日外国人にとっても、あまりに高額な価格設定は受け入れられにくいと判断されました。
このため、経営の採算性が年々悪化し、最終的に事業継続を断念せざるを得なかったとみられています。
諸般の事情という言葉の意味
閉店の発表では「諸般の事情」という表現も使われましたが、これは表に出しにくい複合的な問題を指していると考えられます。
例えば、後継者問題やスタッフの確保難、商圏変化による地元客の減少など、目に見えにくい経営課題もあったことは想像に難くありません。
観光客増加と個店経営のミスマッチ

数字だけでは語れない現実
宮島地区の観光客数は、2024年に485万人を突破しました。
インバウンド需要の復活、円安、国内旅行需要の回復といった複数の追い風が重なり、地域全体は活況を呈していました。
しかし、観光客数の増加が、個々の小規模事業者の経営安定に直結しているわけではありませんでした。
観光客の消費行動は多様化しており、団体旅行中心だった時代とは異なり、個人旅行が増え、滞在時間も短縮傾向にあります。
その結果、地元老舗店よりも利便性重視のチェーン店や、短時間で食べられるファストフードに需要が集中する場面も目立ってきました。
質を守るか量を取るかの葛藤
おきな堂のように、職人気質を重んじ、量より質を優先してきた店舗は、この消費スタイルの変化に対応するのが難しかったといえます。
大量生産によるコスト削減や、長期保存対応といった方向転換をすれば、生き残れた可能性もあったかもしれません。
しかし、それは店の誇りを捨てることにもつながる選択肢でした。
あえて「変わらない道」を選び、結果として閉店を迎えたおきな堂の姿勢は、一つの経営哲学を示しています。
地域観光の今後への示唆

宮島口周辺の環境変化
宮島口エリアでは、おきな堂以外にも、古くから続いてきた土産物店や飲食店が相次いで閉店しています。
その一方で、外資系高級ホテルの進出や、最新型の商業施設の建設も進められています。
これにより、地域の消費構造そのものが大きく変わろうとしています。
観光地としての「にぎわい」は維持されても、昔ながらの商店街的な温かみは徐々に失われつつあります。
観光地経営に求められる持続可能性
今回のおきな堂の閉店は、観光地運営において「量の拡大」だけではなく、「質の維持」と「持続可能性」が同時に問われる時代になったことを示しています。
単なる集客数の増加だけで満足するのではなく、地域全体で伝統産業を守り、地域文化を次世代に伝えていくための仕組み作りが急務となっています。
地域観光のあり方そのものを見直すべき時期にきていることを、おきな堂の歴史は静かに語りかけているのです。
まとめ
- おきな堂は気候変動による品質管理難で、閉店しました。
- 原材料高騰と調達難も、大きな要因となりました。
- 価格転嫁できず、経営が圧迫されました。
- 観光客増加と老舗店の経営は、直結しませんでした。